ケニアは人種のるつぼともいえる多人種国家の国です。アフリカン、アラビック、ヨーロピアン、アジアンと、大きく分けて4つの人種が存在します。アフリカンは民族も含めれば約70種類。 |人種のるつぼケニア

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Mama Africa! Kenya便り:人種のるつぼケニア

今回はケニアに影響を与える人種についてお伝えしていきます。

ケニアは多人種国家の国で、
アフリカン
アラビック
ヨーロピアン
アジアン
と、大きく分けて4つの人種が存在します。

正式な数字は出ていませんが、
アフリカンは民族も含めれば約70種類。

人口率でも圧倒的にアフリカ系の人種が多く、
その割合は99%と言われています。

ケニアだけにアフリカンが占めていますが、
ケニアに影響を与えるのは
残りの1%であるノンアフリカンで、
彼らは政治経済面で圧倒的な存在感を見せています。

このノンアフリカンの中には
祖先がケニアに移り住み、
ケニア生まれケニア育ちの人達がいます。

彼・彼女らは祖先から
ケニアの政治経済の発展に大きな影響を与え、
特にケニアンブリティッシュとケニアンインディアンは
今なおケニアを支配していると言っても
過言ではありません。

そして、その影響力はケニアの植民地時代に遡ります。
植民地として国を統治していたイギリス人は
ケニアの政治経済を動かしました。

今ではその人口も約5,000人に減りましたが、
民間企業、国際団体、国際企業、宣教師などの
トップの多くはケニアンブリティッシュです。

また、ケニアンブリティッシュはケニアの大地主でもあります。
植民地時代に肥沃な土地を
先住民であるアフリカンから強制的に収用したことで、
今でも肥沃で広大な土地に
英国様式の豪邸や農地を所有しています。

一方、最近では搾取されたと感じているケニア政府が、
ケニアンブリティッシュのもつ企業の事業権を認めない、
または地主の土地を引き剥がそうとする
活動も行われています。

そして当時のイギリス人とインド人の関係は、
雇い主と従業員の関係でした。

イギリス植民地時代の1986年から1901年に行われた
ケニア-ウガンダ鉄道の建設に、
当時イギリス領であったインドから
沢山のインド人が雇われ
ケニアに連れてこられました。

彼・彼女らの役割は力仕事と
奴隷であったケニア人労働者を
監視・指揮と言われています。

その鉄道建設以降、インド人は
そのままケニアに定住し
ケニアンインディアンとなります。

イギリス植民地時代の中、
ケニアンブリティッシュの次に
力を持ったと言われています。

後に小売業・商業・貿易で特に大きく飛躍し、
ケニアの雇用はケニアンインディアンが生み出す
とも言われ、実際私たちが日常的に利用している
スーパー、商業施設、飲食店などの多くは
ケニアンインディアンがオーナーです。

世界的にみてもインド人は商売上手
と言われていますが、それはケニアでも同じです。

さらに近年では、ごく少数派だった
ケニアンチャイニーズが
中国本土からやってくる中国人と共に
影響力を見せ始めています。

昨今ケニアでは高速道路や鉄道網が
急速に広がっていますが、
建設資金の貸付から建設工事まで
多くを中国企業が手掛けています。

この建設に際し、数多くの中国人が
本土から渡ってきています。
ケニアンチャイニーズはこの本土からやってきた
中国人と共に、これからのケニア経済に
大きく影響を与えると言われ、
既に各商業・貿易で中国名企業を
頻繁に聞くようになりました。

ケニアに住み始めた頃、人種が混在し
ノンアフリカンがケニアを支配していることに
驚きましたが、ケニア人は今母国を
自分たち手で発展させようと本気で取り組んでいます。

事実、海外で実力をつけたケニア人が帰国し、
政府、企業の重役に就いています。
将来、アフリカンがケニアを牽引する時代がくるのか楽しみです。

次は、ケニアの肉事情についてお届けします。

2016/7/7 E W Africa, Schema Corporation

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