横浜港の歴史。横浜港内で「マリーン シャトル」を運行しているポートサービス社のパンフ。|マリーンシャトルと開港記念日

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開港記念日 続き。。。 

サザンオールスターズの歌で有名な「マリーンルージュ」や「マリーン シャトル」を横浜港内で運行しているポートサービスという会社があります。
この会社は歴史が古く、横浜港内の観光船を運航しています。

筆者が昭和30年頃に乗船した時にもらったパンフレットを最近見つけ、その中に横浜港の歴史が詳しく書かれていましたので、概要をご紹介したいと思います。

横浜港の歴史
・1853年(嘉永6年)6月2日、米国使節ぺルリ提督が軍艦4隻を率いて浦賀港に来航、わが国との通商を求め、永い鎖国の時代が終わった。
・翌1854年正月、軍艦7隻を率いて江戸湾に進攻し、本牧沖に投錨。
同年3月3日、日米和親条約が結ばれた。
・1856年(安政3年)7月21日、米国初代総領事としてハリスが下田にて徳川幕府と折衝を重ねる。
・1859年(安政6年)6月2日、日米修好通商条約が結ばれた。
・この条約で自由貿易の原則が決められ、引き続き、英・仏・露・蘭とも通商条約が結ばれた。
この条約を機に、戸数101戸、人口350人程度の一漁村に過ぎなかった横浜村が日本の表玄関としての代表港として重要な使命を帯びるようになった。
港としての設備は貧弱で、船舶は、荷揚場に直接接岸できず、沖に停泊し、艀(はしけ)で荷揚作業が行なわれていた。
・明治政府は築港計画を英国に依頼し、明治22年以来築港工事を繰り返し設備を整えた。
・1923年(大正12年)の関東大震災で壊滅的な打撃を受けた。
港湾施設復興を優先した結果、数年のうちに港湾施設を再建、その後拡張工事も進行した。
・1945年(昭和20年)、第二次大戦敗戦で設備のほとんどを連合軍に接収され、拡張工事を中止、1950年(昭和25年から徐々に接収が解除。
その後、港湾整備を進め、現在の姿になってきた。

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